東京都庭園美術館が開催した2021年の建物公開展「艶めくアール・デコの色彩」に際し、館収蔵のアンティーク家具の修復をご依頼頂きました。
以前にも何度か収蔵家具の修復をご依頼いただいたことがあり修復しお納めした家具は館内で展示されています。
東京都庭園美術館について
東京都庭園美術館は東京都港区白金台にある都立美術館です。1933年に建設された美しい建物は「旧朝香宮邸」の名で親しまれ、室内装飾から家具・照明器具などのインテリアは当時最先端のアール・デコ様式で統一されています。 2015年には国の重要文化財にも指定されました。
【修復したアンティーク家具について】
今回修復のご依頼を頂いたのは、朝香宮ご一家が邸宅に住まわれていた当時、実際に日常生活で使われていた2点の家具です。
【フレンチワードローブ】 1つ目は1920年代に製作されたフランスのアンティーク家具、ワードローブです。美しく装飾的でありながら華やかすぎず、日々の生活にそっと寄り添い、彩を添える存在だったことでしょう。中央に配された大きな鏡の前で装いを整える宮様の姿が目に浮かぶようです。
【書棚】 2つ目は皇室御用達の職人の手による国産の書棚です。アンティーク家具の分類でいうならば、「ビューロブックケース」あるいは「サイドバイサイド」といったところでしょうか。主な材質である山桜(本桜)は日本の本州、九州、四国に自生し、強靭で肌理細かな木材で、狂いが少ないため家具だけでなく楽器や室内装飾にも用いられる高級な木材です。
【実際の修復の様子について】
修復に際しては「可能な限りオリジナルの状態を保存・再現する」ことをコンセプトに、美術館の学芸員の方とジェオグラフィカのスタッフとで綿密な打ち合わせを行った上で修復計画を立案・実行しました。できる限りオリジナルのパーツを使用しつつも、やむなく交換しなくてはならないパーツについては詳細な記録を残し、可能な限り同質の木材を使用しています。またパーツを交換した際に取り外したオリジナルの部材はそれぞれすべて丁寧に梱包し、修復を終えた家具とともにお納めしています。将来的に修復技術が進歩すれば、それらオリジナルのパーツを再度利用することができる時が来るかもしれません。
【ワードローブの修復について】
修復前は全体的に傷みがひどく、特に虫食いと湿気によるダメージが顕著でした。虫食いや木材の損傷が激しいものはやむなく新しい材と交換し、どうしても交換のできないパーツは様々な方法で実用に耐える強度が出るように修復を進めます。 新しいパーツに交換した主な部分は右側面の板材と台輪(家具のベースになる部分)です。右側面の板材は表面の板材が大幅に剥がれてしまっていたため修復が難しく、オリジナルで使用されていたものに可能な限り近い化粧板(表面を突板で仕上げた板材)を特別に用意し交換しました。台輪は虫食いがひどく、家具を支えるに十分な強度を保つことができない状態だったため、オリジナルと同じ木材にて作り直しました。
また彫刻などで装飾された扉部分も広い範囲に虫食いがありました。ただし、このパーツは新しく作り変えてしまうと家具の価値を大きく損ねてしまう部分であるため、保存的な修復手法を用いて実用できる強度を回復しました。 その他、背板や内部の棚板、洋服をかけるための真鍮製のパイプなども新しく作り直した箇所です。
このようにやむなく交換に至った部分は少なくはありませんが、主な構造的材や表面に見える部分など家具の「芯」になるパーツはオリジナルを生かして修復することができました。
修復の木工的な作業が終わると家具としての完成形がイメージできる姿になります。このあとに、やはり製作当時とできるだけ同じ塗料・手法を用いて塗装面の修復を行って完成となりました。
【書棚の修復について】
一見するとそれほどダメージがないように見えますが、家具の下部分を中心に長期間湿気にさらされていたことによって生じた化粧板の歪みや剥がれ、また虫食いによる被害が広い範囲にありました。
幸いにも表面に見える箇所の材交換は少なくて済みそうでしたので、家具の基礎となる内部構造材をオリジナルと同質の木材にて作り直していきます。特に家具のベース部分(扉より下の部分)の内部の木材は湿気と虫食いによる傷みがひどく、大幅に材の交換をしなければなりませんでした。
背板は特に広範囲にわたって虫に食われており、新しい材に交換をしてありますが、オリジナルで使われていたものと同じ継ぎ目のない化粧板を手配することに苦心しました。
またライティング部分の上にあるピジョンホール(ドーム型の空間)の内部天井と前面のアーチ状の装飾材に割れがありました。ドーム型の内部天井は既存のパーツが修復可能でしたが、前面のアーチ状のパーツについては反り・歪みなどもあり修復が難しいと判断し、新しい木材にて製作しています。この部分は全体の中でも象徴的なパーツでもありますので、特に慎重に修復を進めました。
木工修復を終えた姿をみると、表面に出る外側のパーツにつてはほぼオリジナルのものを保存することができました。表面のパーツで新しく作り変えた主な部分は、向かって右側の台輪と前述のピジョンホール部分のアーチ状のパーツです。いずれもオリジナルと同じく、山桜(本桜)の無垢材にて製作しています。
外側のパーツの広い範囲を保存することができましたので、仕上げの塗装についてはオリジナルの風合いに近づけるべく行いました。山桜という木材のもつ美しい木目を最大限生かすためには塗装の工程にもいつも以上の注意が必要でした。
こうしてこの書棚も無事に修復を終えることができましたが、私達が通常扱っているイギリスやフランスのアンティーク家具とは違う部分が多く、修復作業は当初の予想以上に難しいものでした。しかしながら、当時の日本の職人がこの書棚を製作するにあたり、色々と苦労したことが伺える痕跡もちらほらと見ることができ、同じく家具に携わるものとして共感しつつ、知見を深めることができました。
今回ご依頼いただいた2つの家具の修復は決して簡単なものではありませんでしたが、歴史的・文化的に意義のある事業の一端に携わることで、私達も大きな学びを得ることができました。今後も、ジェオグラフィカが蓄積してきた知識や経験を生かし、文化の継承に貢献できる機会があれば嬉しく思います。